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【聾唖の天才絵師】 自了(じりょう) 1614~1644

【聾唖の天才絵師】 自了(じりょう) 1614~1644
一六一四年、首里士族の長男として自了は誕生しました。

彼は生まれつき耳が聞こえず、話すこともできませんでした。
しかし人一倍好奇心と向上心の強かった彼は、優れた絵画作品の模写を通じて、自己流で絵画を学びます。
彼は十代にして優れた絵師として人気を博し、やがて時の国王・尚豊にもその評判が伝わると、彼は宮中に召し上げられ王から画号を賜り、王府の絵師として活躍するようになりました。

彼の作品は、琉球のみならず日本や中国の絵画と比較しても、たいへん優れたものだったと伝えられています。
当時の日本絵画の第一人者・狩野安信や、冊封使として来琉した明の高官・杜三策が自了の絵を絶賛したことが記録として残っています。
自了は琉球を代表する絵師として数々の名作を残しながらも、三十歳という若さでこの世を去ってしまいました。

その短い生涯において、力強い足跡を残したろうあの天才絵師・自了。
彼の孤高の後ろ姿は今日も、沖縄絵画史の北極星として燦然と光り輝いています。

 

画 喜屋武 千恵
文章・編集 齋藤 嘉苗(JCC美術部所属)
監修 井上 秀雄(沖縄県立芸術大学名誉教授)
企画 JCC美術部

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