琉球戦国時代の剛勇
護佐丸(ごさまる)
1393?年~1458年
古琉球(第一尚氏王朝時代)
琉球王国の夜明け(14世紀〜15世紀中頃)
15世紀、三山統一で活躍した、琉球史の中で最も著名な戦国武将・護佐丸は、山田城で育ち若い頃から武芸に秀でていた。第一尚氏王統二代国王・尚巴志の右腕として功績を残し、以後5代の王に仕えた忠臣として讃えられている。一方、築城の名人として「座喜味城」「中城城」といった世界遺産を残している。後に、護佐丸の娘は六代目の国王・尚泰久の妃になり、尚家との姻戚関係や財力を背景に、彼の威勢はますます盛んになるが、同時にそれが滅亡への引き金にもなってしまう。後年、孫娘の婿にあたる勝連城主・阿麻和利の謀によって討たれたとされる没年が記録されているほか、様々な滅亡の説があり、その真相は多くの謎に包まれている。いずれにせよ、護佐丸はその強大な力を恐れられ、何らかの謀略によって無念の最後を遂げるが、琉球を誇る武将の活躍は、今も鮮やかに歴史を彩っている。
2007年
企画 JCC美術部
制作 委託
監修者 亀島靖(劇作家)