艦隊を率いて鎖国をしていた日本へ来航
ペリー提督
 1794~1858

近世琉球 後半(第二尚氏王朝時代)
列強の波と王国の落日(19世紀)
1853年、ペリーは日本開国を求める航海の途中、琉球に上陸。彼率いる黒船艦隊は、調査活動により、植物や生物など様々な学術的発見をし、その記録は「日本遠征記」に記されている。この絵の上部・中城グスク途中にそびえる大岩の頂上に立てられた旗は、一行が「バナーロック」と名付け、ペリーの旗立て岩として有名である。その後1854年には日米和親条約を締結し、日本開国を実現。さらに琉米修好条約を締結。ペリー来琉をきっかけに琉球は、フランスやオランダとも修好条約を結ぶ。現在、ペリーの足跡を記した石碑が、泊港近隣に建てられている。碑にはペリー提督が招宴席上で挨拶した言葉が記されている。「琉球人の繁栄を祈り且つ琉球人とアメリカ人とが常に友人たらんことを望む」。

画 姫野 明宏
監修 井上 秀雄(沖縄県立芸術大学名誉教授)
企画 JCC美術部

収録: 絵で解る琉球王国歴史と人物 第2巻