中国から甘藷を持ち帰り、人々の貧困を救った芋大主
野國総管(のぐにそうかん)
生年不詳~1615
近世琉球 前半(第二尚氏王朝時代)
国難と対峙した人々(16世紀中頃〜17世紀中頃)
進貢貿易を行っていた時代。一六〇五年、進貢船の乗組員として中国福建省に渡った野國總管は、現地の人より甘藷(かんしょ/サツマイモ)を教わる。当時、干ばつや飢餓で苦しむ農民を救うべく、琉球の地に適した作物を探し求めていた彼にとって、甘藷との出会いは衝撃であったことだろう。滞在中、彼は栽培法を学び、苗を持って同年に帰国。地元で試作・栽培を始め、成功。村の農民に広め人々を救ったと言われている。以後、儀間真常に栽培法を教え、甘藷は「リュウキュウイモ」として各地に広まった。さらに琉球のみならず、薩摩を経て「サツマイモ」と名称を変え、日本全土にわたり、飢饉から人々を救った。
画 古謝 茜
監修 井上 秀雄(沖縄県立芸術大学名誉教授)
企画 JCC美術部