一時代を築き上げた偉大な王・察度を父にもつ武寧は、世子(正統な王位継承者)の頃より、察度王とともに「中山王世子武寧」名義で明への進貢を行っていた。
四十歳で即位してからも、「中山」の安寧を計るため熱心に明との関係を継続。
甲斐あって二代に渡る察度王統は、「琉球国中山王武寧」が正式に冊封を受ける。
しかしその二年後、佐敷小按司・尚巴志により滅ぼされる。
琉球王府による史書によると、その人柄は様々な記述が残されているが、古琉球のダイナミックな時代を作り上げた一人であったことは確かである。