盲目の琉球古典音楽 三線奏者
聞覚(もんがく)
 1682~1753

近世琉球 前半(第二尚氏王朝時代)
琉球のルネッサンス(17世紀中頃〜18世紀)
尚貞王の治世下、1862年首里寒川町に生まれる。幼くして眼病を患い盲目となるが、音楽の世界に才を発揮し琉球古典音楽の名奏者となる。琉球音楽の中興の祖とも言うべき湛水親方が心血を注いだ湛水流を礎に更なる発展を試みて聞覚流と呼ばれる新境地を開いた。聞覚は同じく盲目の弟子で三線の記譜法を創案した屋嘉比朝寄の{工工四」編纂において多大な影響を与えた。また、沖縄のオペラとも言うべき組踊りが初めて册封使を迎えて演じられた際、組踊りの創始者で聞覚と共に湛水流の双璧と言われた玉城朝薫が舞台を取り仕切り、聞覚が音楽全般を指揮、演奏して大成功を収めて、朝薫と共に、その後の組踊りの発展に大いに貢献したと伝えられている。

収録: 絵で解る琉球王国歴史と人物 第2巻