尚敬王が育てた、国王お抱えの天才絵師
殷元良(いんげんりょう)
 1718~1767

近世琉球 前半(第二尚氏王朝時代)
琉球のルネッサンス(17世紀中頃〜18世紀)
名君として名高い尚敬(しょうけい)王のもとで、蔡温(さいおん)や玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)など数々の文化人が登場した18世紀の琉球。近世琉球絵画史にも、殷元良(いんげんりょう)という天才絵師が登場する。彼は後に自了(じりょう)と並び二大絵師として注目を集める人物である。彼はわずか9歳で地方まで世評が広がるほどの画力の持ち主で、12歳の頃に尚敬王の命で首里城へ召喚される。彼の才能に感動した王は、孫億(そんおく)らに画法を学んだ山口宗季(やまぐちそうき)を師匠として絵画技術を学ばせる。そうして殷元良はますます腕を磨き、王から「中山王府(ちゅうざんおうふ)」などの印を賜るまでになった。公式の絵師の地位があまり高くないのに対して、彼は公式の絵師としては配属されず、最終的には絵師たちより高い地位を与えられている。このことからも、王府の殷元良に対する特別な計らいが窺える。尚敬王が亡くなると、王の遺像作成が殷元良に言い渡された。少年の頃から王に仕えた彼は、王に瓜二つと称されたほどの遺像を完成させる。殷元良は1767年に亡くなり、生前の彼の功績を高く評価した尚穆王より褒美の品が下賜された。

収録: 絵で解る琉球王国歴史と人物 第2巻