琉球に流れ着き金武観音寺を創建した僧侶
日秀上人(にっしゅうしょうにん)
1503年?~1577年
古琉球(第二尚氏王朝時代)
黄金時代を築いた名君(15世紀中頃〜16世紀中頃)
日秀上人(にっしゅうしょうにん)は、日本から補陀落渡海(ふだらくとかい)という命懸けの船旅の末に琉球へ流れ着いた僧侶です。 流されるまま金武の海岸に漂着した日秀上人は、その地にあった深い洞窟を観音菩薩の住むところとして、阿弥陀如来・薬師如来・観音菩薩の三尊を自ら彫り祀りました。そして同じ敷地に金武観音寺(きんかんのんじ)を創建したと伝わります。彼は、那覇の波上宮(なみのうえぐう)や護国寺(ごこくじ)の再興に尽力したほか、地蔵堂や夷堂(えびすどう)を建立し、人々の厚い信頼を得ていきます。日秀上人の伝説が今でも数多く残されています。 その後、彼は薩摩へと渡り、鹿児島神宮からほど近い山に寺を建てて過ごしました。彼は最期、島津氏の戦勝祈願のために生きながら石室に入り、二年近くそこに籠ったまま息を引き取ったと伝えられています。