王国の基礎を継承・発展させた琉球黄金時代の王
尚清王(しょうせいおう)
 1497年~1555年(在位1527年~1555年)

古琉球(第二尚氏王朝時代)
黄金時代を築いた名君(15世紀中頃〜16世紀中頃)
尚清王(しょうせいおう)は、琉球の黄金時代を築いた尚真王の子で、父の功績をさらに発展させた名君です。彼の治世に行われた業績は多岐にわたり、後世に大きな影響を与えました。 尚清王は尚真王の五男として生まれました。父の死後、彼は王位を継承しましたが、その正当性に対して明朝が疑問を持ち、再調査が行われました。最終的に、琉球側の証明により尚清王の冊封が認められました。 尚清王の治世における主な業績には以下のものがあります。 崇元寺の石門設置(1527年):歴代国王の位牌が安置された国廟に、下馬碑を設置し、通行人が疎かにしないようにしました。 「おもろさうし」の編纂(1531年):沖縄最古の歌謡集「おもろさうし」の第一巻を編纂し、古琉球の文化を後世に伝えました。 奄美大島の討伐(1537年):謀反の動きを見せた与湾大親を攻め、奄美大島の安定を図りました。 首里城の城壁強化(1544-1546年):首里城の東南の城壁を二重にする大工事を行い、城の防御力を高めました。 那覇港の防衛力強化(1554年):那覇港の南岸部に屋良座森城を築造し、港の防衛力を強化しました。 守礼門の創建:中山世譜によれば、守礼門は「待賢門」として創建され、後に「首里門」とも呼ばれるようになりました。1579年に「守礼之邦」の扁額が飾られました。 尚維衡の移葬:廃嫡された兄の尚維衡を玉陵に移葬し、一族の墓に入れることを実現しました。 尚清王は、父の尚真王の事績を継承し、さらに発展させることで、琉球王国の体制を強化しました。彼の治世における業績は、琉球の文化と防衛力の発展に大きく寄与し、黄金時代の王として称えられるにふさわしいものです。

収録: 絵で解る琉球王国歴史と人物 第3巻