沖縄芝居「大新城忠勇伝(うふあらぐしくちゅうゆうでん)」のモデルとなった王
尚元王(しょうげんおう)
 1528年~1572年(在位1556年~1572年)

古琉球(第二尚氏王朝時代)
黄金時代を築いた名君(15世紀中頃〜16世紀中頃)
尚元王(しょうげんおう)は尚清王の次男で、波乱の即位劇を経て1556年に国王に即位しました。尚清王は当初長男を次期国王に立てたものの、長男が若くして亡くなり、晩年に尚元を次期国王として定めました。しかし、尚元の体が弱かったため、三司官のうち二人は四男を新たな王にしようとしましたが、唯一反対した池城親方の言葉により、最終的に尚元が即位する流れが決まります。 即位直後、尚元王は倭寇の侵入に直面し、これを撃退しました。1557年から1558年にかけては冊封を受けるための使者を明へ派遣し、1561年に冊封使郭汝霖(かくじょりん)が琉球に到着して尚元の冊封を執り行いました。 尚元王の治世には奄美大島の討伐も行われました。与湾大親を讒言により死へと追い込んだ首長たちを1571年に討伐し、奄美大島を平定しました。この討伐の際、尚元王は病に倒れましたが、三司官の馬順徳(ばじゅんとく)の祈りにより回復し、奄美大島を征服して帰国しました。しかし、その翌年に尚元王は亡くなりました。 尚元王は、波乱の即位劇や倭寇の撃退、奄美大島の討伐など、波乱万丈の生涯を送りました。その治世は短かったものの、琉球王国の防衛と統治の強化に果たした役目は大きかったと言えるでしょう。

収録: 絵で解る琉球王国歴史と人物 第3巻