琉球の栽培技術向上に尽くした農業指導者
金城和最(かなぐすくわさい)
1696~1765
近世琉球 前半(第二尚氏王朝時代)
琉球のルネッサンス(17世紀中頃〜18世紀)
野国総管(のぐにそうかん)が琉球にさつまいもを持ち帰り、儀間真常(ぎましんじょう)がその普及に尽力したことで、さつまいもは琉球の食糧難を救いました。しかし、当時の栽培方法には改善の余地があり、その課題解決に取り組んだのが金城和最(かなぐすくわさい)です。彼は1696年に百姓の家に生まれ、農業技術の向上に尽力し、王妃の菜園の改善や落花生での油作り、味噌の製造などで評価されました。また、彼は国王の命で各地を巡り農業指導を行い、二毛作や混作、肥料の改良など多岐にわたる技術を伝えました。彼の農書は1745年に完成し、作物の栽培法や農具、肥料について詳細に記され、多くの地方の人々にとって貴重な財産となりました。彼は功績を認められ、1764年に士族に列せられます。その農書は1924年に「琉球産業制度資料」に収録され、沖縄戦後も貴重な史料として伝えられています。