渡嘉敷通寛は1794年に首里大中で生まれる。1816年、中国に留学して医学を学んだ。帰国後は王府の医者として務め、当時の国王・尚灝王(しょうこうおう)の侍医となる。通寛は精神病を患い衰弱していた国王の治療のため、再度中国へと渡り精神病についての学びを深め、帰国後は国王やその家族の治療にあたった。
彼が国王の治療のために著した食物本草(食物の効能をまとめたもの)の書物「御膳本草」は、琉球で唯一の食物本草学の本で、士族階級の食べた食べ物について効能などをまとめたものとして知られている。尚灝王が亡くなってからも、通寛は尚育王(しょういくおう)の侍医となり引き続き国王の体調管理に務めた。