琉球王国の終焉を言い渡した、明治政府派遣の処分官
松田道之(まつだみちゆき)
1839~1882
近世琉球 後半(第二尚氏王朝時代)
列強の波と王国の落日(19世紀)
松田道之(まつだみちゆき)は1839年に鳥取藩の下級士族の家に生まれます。鳥取藩の藩校で学び、咸宜園(かんぎえん)に入門して実力主義の教育を受けました。その後、松田家の養子となると尊王攘夷運動に参加し、倒幕の動きに関与しました。その活躍を認められて新政府で地方官に抜擢された彼は、1871年には大津県令となり、地方議会の設置などを推進しました。1875年、内務大丞に任命され、琉球を日本に組み込む交渉を担当しましたが、琉球側の抵抗に遭います。最終的には1879年に再び琉球を訪れ、琉球国を廃止して沖縄県の設置を断行しました。松田の改革は彼の強い信念に基づいていたものと考えられます。琉球を離れた彼は東京府知事に就任しますが、43歳で病に倒れ亡くなりました。