自らの命と引き換えに琉球分割の危機を寸前で防いだ密使
林世功(りんせいこう)
 1841~1880

近世琉球 後半(第二尚氏王朝時代)
列強の波と王国の落日(19世紀)
林世功(りんせいこう)は1841年に久米村に生まれ、中国との朝貢貿易を遂行する職能集団の出身で、勉学に励み官生(かんしょう)として中国で学びました。帰国後は国学(こくがく)の師匠や世子尚典(しょうてん)の講師を務めましたが、明治政府が琉球を日本に組み入れる動きを強める中で、王府の存続を図るための嘆願活動に奔走しました。1876年、王府の命で清に渡り、琉球救国運動に参加します。明治政府が琉球藩を廃して沖縄県を設置する中、日本と清の間では琉球を分割する案が浮上します。林世功は琉球の分割案に反対し、自ら命を絶って抗議しました。その結果なのか、清国政府は最終的に琉球分割案を拒否しました。琉球では、沖縄県設置後も旧王府の役人たちによる抵抗が続きました。しかし最終的に、日清戦争での日本の勝利により王府の支配層の抵抗運動は終息に向かい、沖縄は日本の一県として新たな歴史を歩みを始めました。

収録: 絵で解る琉球王国歴史と人物 第3巻