最後の八重山蔵元絵師
宮良安宣(みやらあんせん)
 1862~1931

近世琉球 後半(第二尚氏王朝時代)
列強の波と王国の落日(19世紀)
八重山の蔵元(くらもと)は、オヤケアカハチの乱後に首里王府が竹富島出身の西塘(にしとう)を頭職に任命し、八重山を統治する施設として創設されました。蔵元には絵師の制度があり、主に外国船の記録や儀式の風俗画を描いていました。宮良安宣(みやらあんせん)は最後の八重山蔵元絵師で、1862年に石垣島で生まれ、叔父の喜友名安信(きゆなあんしん)から多くの技法を学びました。1891年から蔵元絵師を務め、「八重山蔵元絵師画稿」という貴重な風俗画を遺しました。これらの画稿は鎌倉芳太郎(かまくらよしたろう)が1923年に石垣島を訪れた際に宮良安宣から譲り受け、後に石垣市立八重山博物館に寄贈されました。2019年には国の重要文化財に指定されています。宮良安宣と鎌倉芳太郎のおかげで、かつての八重山の暮らしを今に伝える貴重な資料が守られました。

収録: 絵で解る琉球王国歴史と人物 第3巻